

1994年から実施しているレジデンスプログラムは、現代アートの分野で活動するアーティストに、作品の 構想力や創造性を養う機会を提供しています。東京から約 1 時間という場所に位置するアーカススタジオでは、 日本の現代アートシーンに触れることができるとともに、落ち着いた環境で一般市民とも交流しながら創作活動 に専念することができます。また、定期的なキュレーターとのチュートリアルとコーディネーターによるサポートをとおして、アーティストは、自らの制作における方法論を探求し、新たな表現に挑戦することができます。
本プログラムは、リサーチに重きを置いた実践を重視しており、制作過程で生み出される試作をオープンスタジオで公開します。人や土地、文化との出会いを糧にし、国際的な批評空間へと開かれていくようなプロジェクトや作品のアイデアを歓迎します。
今年度は749件(89か国・地域)の海外在住者からの応募と、8件の日本在住者からの応募がありました。厳選なる審査の結果、ハラーイル・サルキシアン、ブルーノ・ルイス、デュオのビビ・シュ、田珈瑋を選出しました。3組のアーティストは、9月11日から12月9日までの90日間、茨城県守谷市のアーカススタジオで滞在制作を行います。審査は、飯岡陸氏(キュレ―ター、横浜美術館学芸員)と吉田山氏(キュレトリアルプロデューサー、FLOATING ALPS LLC.主宰)をお招きし、アーカスプロジェクト実行委員会との協議のもと行いました。
2026年度は、アーカスプロジェクトがアーティスト・イン・レジデンスプログラムの公募をはじめて以来、海外在住者からの申請数が過去最多の749件であった。これは、アーカスが2025年に海外の2つのオンライン・アート・マガジンの記事*「世界で最も優れたアーティスト・イン・レジデンスプログラム ベスト10」で紹介されるなど、国際的な評価を高めたことが大きく影響していると考えられる。一方で、国内在住者からは8件と例年に比べて少ない結果となった。選考されたアーティストは、いずれも作品と制作活動が一貫しており、帰属する文化や社会が個人に与える経験や記憶などを起点として作品を構想し実現している。そのため、個人的な事柄を語りながらも、それが同時に国家や街の歴史と文化を表し、表現の幅と奥行きが実に豊かである。そして今回の申請に際して、事前に取り組む調査や研究が明確に示されていたことを積極的に評価した。蒸発、ガリ版、治水といった事柄が選択され、そこから日本の文化・政治状況を照らし出す試みは期待せずにはいられない。
* Sylvia Walker, ’10 Of The Best Artist Residencies In The World’, Contemporary Art Issue (CAI) (2025)
Shira Wolfe, ‘Spaces for Creation: 10 Artist Residencies Around the World’, Artland (2025)
小澤 慶介(エクゼクティブ・ディレクター)
シリア出身でアルメニアにも出自を持ち、現在はロンドンを拠点に活動するサルキシアン。日本では、2012年に森美術館で開かれた「アラブエクスプレス」展や2025年の国際芸術祭「あいち2025」に参加している。作品は一貫して、シリアやアルメニアで起きたトラウマ的な出来事を写真や音響、インスタレーションでアーカイブするかのような形式をとっている。《処刑広場》は、シリアのアレッポ、ラタキア、ダマスカスを代表する広場を写した写真群で、かつてそこでは公開処刑が行われた。日々何気なく目にする街には国家による暴力の影が落ちている。何が起きていたのか、失われたものはなにか、国家とはなにか、アイデンティティとはなにか、サルキシアンの作品には歴史や帰属をめぐるさまざまな問いが響き渡っている。これまでの主な個展に、「The Other Side of Silence」(シャルジャ・アート・ファウンデーション、UAE、2021-23)、「FOCUS: Hrair Sarkissian」(フォートワース現代美術館、テキサス、2020)などがある。また、第56回ヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を獲得したアルメニア館の企画展「Armenity/Haiyutioun. Contemporary artists from the Armenian Diaspora」にも参加している。
《Stolen Past》
リトファン90点によるインスタレーション、2024-2025
《Sweet & Sour》
ビデオインスタレーション、2021-2011
《Deathscape》
サウンドインスタレーション、2021
一夜にしてこの社会から姿を消す「蒸発」という現象を、社会的な不在と存在、可視と不可視、また残された者たちへの影響などの観点から掘り下げ、《Into Thin Air》という作品にする予定である。サルキシアンは、これまでに、例えばイスラム国(IS)による破壊・略奪行為によって失われた歴史的な文化財を透かしの技法であるリトファンを使ってアーカイブする作品《奪われた過去》などを手がけていることから、あるべきものが失われるという事象に強い関心を抱いている。しかしながら、それを負の出来事としてとらえるのではなく、次の段階への移行ととらえているところが興味深い。日本の社会に見られる現象「蒸発」とみずからが生まれ育ったシリアでの経験を重ね合わせ、当事者へのインタビューなどを経て造形へと展開し、姿を消すことの積極的な意味を追求するその着眼点と想像力を評価し、選出した。
メキシコシティを拠点に活動をしているルイスは、DIY(Do It Yourself)の精神とストリート文化が交わるところで制作活動を行っている。社会・文化的な資源が限られているメキシコシティにおいて、複製や海賊版を、表現の自由を追求する手段・方法として取り入れる。街のキオスクを拠点とするコレクティブ 「Red de Reproducción y Distribución(RRD/複製と流通のネットワーク)」としても活動し、自主制作のZINEを制作している。産業化された出版や流通のシステムを批判的に考察し、それとは別の方法で自分たちの道を切り開くDIYの精神をワークショップやインスタレーションで伝えている。これまでの主な活動に、シャルジャ・ビエンナーレ16や、釜山ビエンナーレ2024(RRDとして参加)、ブルックリン美術館の企画展「Copy Machine Manifestos: Artist Who Make Zines」(RRDとして参加)への参加などがある。また、2024年に福岡アジア美術館やシンガポール・アート・ミュージアムのレジデンスプログラムに参加している。
《Micromuseum》
インスタレーション、2025
《Pacific Pirate #3: Utopian Experiments》
インスタレーション、2024
《Mimeograph Chronicles》
Zine、2024
メキシコシティのストリート文化とDIYの精神を、日本の印刷技術と組み合わせることでより発展的かつユニークなものに転化してゆく。ルイスが注目する印刷技術は、日本ではよく知られた謄写版(ガリ版)である。ガリ版の歴史的・社会的展開は、軍事通信から教育実践まで横断的である。またそれは、茨城県久慈郡里美村(現在の常陸太田市)出身の草間京平(本名 佐川義高、1902-1971)をはじめとした芸術家にも用いられた。アーカスでの滞在制作では、「謄写版の神」といわれた草間が、謄写版の発明元である堀井謄写版堂から出版した『大正十二癸亥年大震火災記』に着目し、謄写版の技術が災害記録と芸術表現において果たした役割を検証するとともに、日本とメキシコにおける複製をめぐる文化の比較研究を行う。ガリ版からメキシコのDIYとストリート文化を再考すること、またガリ版を軸に守谷におけるコミュニティを作ることに期待を寄せ、選出した。
Photo by Yuqi Wang
アーティストでキュレーターのビビ・シュとアーティストの田珈瑋のデュオ。シュは、日常生活における振る舞いに着目し、文化的背景や社会構造においてアイデンティティが形成され形を変えてゆく過程をリサーチしている。田は、精神的あるいは身体的な移行と転換期に関心を寄せ、パフォーマティブな彫刻やインスタレーションをとおしてその可視化を試みる。両者とも身体的な経験から社会の制度や構造をさぐるが、双方の影響関係においていずれもが変わりゆくものであることを忘れない。また、時に民族学や人類学の知見を踏まえた空間に対する考えや具体的な実践にも目を向けることがあり、それが作品を生き生きとしたものにする。ビビ、田ともに、東京のアートスペースや中国各地での展覧会に多数参加している。
《A Knot Can Be United When the Loop Is Broken》(by Vivi Zhu)
インスタレーション、2024
《Fish Tank》(by Vivi Zhu)
映像、2022
《elsewhere, within here》(by Jiawei Tian)
パフォーマティブインスタレーション、2026
紀元前の中国が発祥といわれる囲碁を手がかりに、社会空間がどう作られ人に記憶されるかについて考えを深め制作をする。認知症を患う彼女たちの知人が、身の回りの環境を碁盤としてとらえ、物の配置によって現実を組み立てるという実践に着想を得ている。この視点や考えを拡張し、治水がどのよう行われているかについて考察する。ダムはどこに建設され、水流をどう調節し、風景をどう変えているか。守谷は、利根川や鬼怒川、小貝川といった関東平野を囲む山々を水源とする川に囲まれている。この地の風景を自明のものではなく、人間の手によって戦略的に構成されたものとしてとらえ直し、そこにどう権力の痕が刻み込まれているのか、またかつて人間はそれらをどう意識し表してきたのかを検証する。身の回りの出来事から社会の思惑と構造を照らし出す試みに期待したい。